思想と行為が弾劾し合い心が宙に彷徨ったブログ

私の生きた軌跡をここへ残しておきます

私の悪

 

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私とKは工場で出会った。

 

 

 


Kと工場で言葉を交わしたのはこの日が最初で最後だ。

 

 

 

その日は休憩室にいつものメンバーがいなかった。


広い休憩室には6人掛けの机が5つほどあった。

 

 


どの机もほとんど席が埋まっているにも関わらずKは大きな机に一人で座っていた。

 

Kは仕事中も休憩時間も誰とも喋ることはなかった。

 

 

そして、季節は夏にも関わらず長袖を着用し、室内でもキャップ姿だった。

 

 

 

 

私は空いていたKの机で昼食をとることにした。


Kしかいない机に座り、私はKに挨拶をした。

 

私「お疲れ様です。長袖暑くないんですか?」

 

この瞬間、騒がしかった休憩室の空気がピリッとした気がした。

 

 


「ハハッ。ちょっと訳ありでな。」Kは少し間をおいて、軽やかに笑った。

 

 

 

私はKのこの笑い方がなんとなく心地よい感じがした。

 


Kは口数が少なく、私がほとんど一人で喋っていた。

 

 

当時、私はゴルフに凝っていた。


早朝から起き出し、打ちっ放し場へ出かけて一人で練習をしていた。

 


そのことをKに話すと、Kもゴルフが好きだというのだ。
私が練習している場所を教えるとKはそこへ現れるようになった。

 

Kはとても綺麗なフォームだった。
Kの打つドライバーはブレることがなく真っ直ぐ250ヤードは軽々飛んでいた。
まさにナイスショットだった。

 


それは、もうプロ並みの腕前なのだ。

 


私は何百人ものショットを見てきたが、Kほど綺麗なフォームでいい音を出したプレーヤーはいない。

 

 

私は1日の始まりにこの音を聞くのがとても好きだ。

 


早朝に特有の澄んだ空気と甘い草の香りがする夏の風にあたりながら、Kのボールを打つ音は聴くのは本当に爽快だった。


Kは真剣に練習していたが、私はその後ろのベンチに座りKを観察していた。

 

 

ゴルフクラブを握るKの握りこぶしは骨が削れて平らだった。通常は骨が出っ張ってるのだが。

 

何をどれほど殴れば、あれほど骨が平らになるのだろうか。

 

 

 

朝6時から練習しているのは、私たちだけのことが多かった。

 


口数が少ないKだったが、少しづつ私に話をしてくれるようになった。

 

 

 

Kが不良少年だったこと、罪を犯して警察に捕まったこと、少年院を出た後、アンダーグラウンドの世界で数々の悪事を働いたことを教えてくれた。

 


詳細はふせるが、Kはその世界で成功した。

 


地位と金を手に入れ、女遊びやゴルフをして悠々自適の生活を送っていた。
けれども、Kの生活は手下の些細なミスで一瞬にして崩れ去った。

 


そのミスのせいで、Kは床一面が血の海になるほど叩きのめされた。


Kの頭部にはその時の痛々しい傷跡が残っていた。


Kは死を恐れたのだ。


警察に助けを求めたKは、もうその世界に帰ることはできない。

 

それどころか、警察に保護される身となったKは、名前を変えて、日本中を転々とし、逃亡生活を送ることになった。

 

 

 


Kはこの土地にきて1ヶ月もたっていなかったのだ。

 

 

 

 

 


この夏、私は早朝のゴルフ練習もアルバイトも休みをとり、人体解剖実習へと参加した。

 

 

実習初日。解剖実習室にはビニールに包まれた20体ほどの献体が並んでいた。

 

 


ビニールを開けた瞬間、鼻をつく鋭いホルマリンの匂いがした。

 

 


その瞬間、私の隣にいた友人は失神した。

 

 

私の友人たちはメスを入れるのを躊躇していた。

 

 


けれども、班のリーダーであった、大学院生は手際よくメスを入れて皮膚の剥離作業をはじめた。

 


私もリーダーに教えてもらいながらその作業を行った。

 

 

ホルマリンのせいか、メスを入れた皮膚は異様に硬く、私は皮膚を剥ぐのに没頭していた。

 

 

皮膚を剥いだあとは、皮下脂肪を取り除く作業にほとんどの時間を費やした。

 

 


リーダーは神経の取り出し作業の時に、私のメスさばきを褒めてくれた。

 

「本当に上手いね。こんなに綺麗に神経を取り出せないよ。人体解剖、何回かしたことあるの?」

 

 

もちろん私が人間にメスを入れたのはこの日が初めてだ。

 

 

 

 

 

実習初日の帰り道、私は友人たちとコーヒーショップへ立ち寄った。

 


暑かったせいだろうか、私は今まで頼んだことが無い「マンゴーフラペチーノ」を注文した。

 

 

私がそれを飲んでいると友人が青ざめてた顔をしていた。

 


「なに?どうしたの?」と私が尋ねると

 


「よくそんなの飲めるね。それ、今日みたやつにそっくりじゃん・・・」

 


友人の言う通りたしかにそれは、さっきまで私が皮膚から削ぎ落としていた人間の皮下脂肪にそっくりだった。

 


人間の皮下脂肪は本当に鮮やかなマンゴー色なのだ。

 

 

「〇〇には人間の心がない、、、」と私を悪者をみるような目でみていた。

 


友人たちは私がそれを飲む姿に気分を悪くし、何も喋らなくなった。

 

 

退屈した私はマンゴフラペチーノを飲みながら、自分の長い髪の毛をいじっていた。

 


すると、自分の髪の毛からいつもと違う香りがした。

 

それはいつも私が使ってるシャンプーの香りではなかった。

 

それは、ホルマリンの香りだ。

 

私の髪の毛は献体と同じ香りがしていた。

 

 

 

 

友人たちは初日はこんな様子であったが、実習が5日目を迎えたころには、何食わぬ顔をして解剖していた。

 


初日に献体を見て失神していた友人は解剖しながら「昼ご飯は何を食べようか」と話しをしていた。

 

 

人間は慣れる生き物だ。

 

 


それは人間を切り刻むという一見すると残虐な行為でも同じことだ。

 

 

 

 

実習も終盤に迎えたころ、作業は臓器の取り出し作業へと進んでいた。

 


この作業は、医学部の大学院生がその役目を担っていた。

 

 

私は人間の脳が大学院生の手によって取り出される過程をすぐ近くで見ていた。

 


彼は事細やかに私に人体の構造を説明してくれた。

 


「人間の頭蓋骨は本当に硬いからね〜。」

 

 

といいながら大学院生は頭蓋骨を工具とチェンソーのような物を使って削っていた。

 

ゴリゴリと鈍い音がして、私の目にその骨の粉末が飛んできた。

 


それを見ながら、私はKの頭部の傷跡を思い出していた。

 


頭部が変形するほど、床が血の海になるほど執拗にKを暴行した人間と、
私の目の前で頭蓋骨を削っている白衣を着た利発そうな大学院生とが重なってみえた。

 

その大学院生は私に取り出したばかりの脳を持たせてくれた。

 


彼から脳を受け取ったときの手の感触を私は今でも覚えている。

 


人間の脳は私が想像していたような柔らかい感触でも綺麗なピンク色でも重いものでもなかった。

 


それは硬く濁った灰色のあっけないほど軽いものだった。

 


人間の脳は、人間の心は意外とこんなものかもしれない。

 

 

私「意外と軽いんですね。色も感触も想像してたのと全然違います。」

 

 

 

「それは献体保存用のホルマリンのせいだよ。生きてる人間の脳は柔らかいしピンクっぽいと思うよ。生きてる人間の脳も見てみたいよね 〜。
僕は君のその頭蓋骨を開けてみてみたいよ。開けてみてもいい?笑」

 

 

 

といいながら大学院生は頭蓋骨を削っていた工具を横目でチラッとみた。

 

 

この大学院生は聡明な人物であったが、脳を取り出してから、たしかに高揚しており変な冗談を言っていた。

 

 

いや、冗談ではなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 


実習が終わり、私は実家に一泊した。


私は両親に「私が死んだら体を献体に出してもいい?」と尋ねた。

 

献体になるためには家族の署名が必要なのだ。

 

父親は「頭がおかしくなったのか?」と笑っていた。


母親は発狂し、わけのわからないことを言い出した。


死体をホルマリン漬けにする作業がどんなものかを私に説明してきた。

 

そして、献体だけは絶対にダメだと承諾してくれなかった。

 

 

 

私はそれがどうしたという感じであった。


どうせ死んでいるのにホルマリンにつけられようが、解剖されようが私の意識の外だ。

 

 

 


母親はヒステリックに


献体に出すくらいなら、臓器提供の方がまだマシよ!!」と私に言った。


なので、私はドナーカードを手に入れた。


ドナーカードの裏面には署名欄とどの臓器を提供するかに丸をする欄があった。


私は躊躇することなく、すべての臓器に丸をした。

 

母親はドナーカードにも嫌な顔をしていたが、父親はめんどくさそうにサインしてくれた。


そして、骨髄バンクセンターにいきドナー登録もおこなった。

 


私は献血も積極的に行うようになった。

 

 

 

 

 

 


実習が終わり、早朝ゴルフ練習を再開した。

 

私は人体の見え方が、実習前とは確実に変わっていた。

 

ゴルフ練習しているKの体がスケルトンになっていたのだ。

 

 

Kの筋肉の収縮・弛緩する様子や関節の動き、脈打つ心臓がKの服を透けて私の目に見えるようになった。

 

キャップを被ったKの頭を見ると、キャップも頭皮も透けて、変形した頭蓋骨、その中の脳まで私には見えた。

 

 

これは、実習中に皮膚から臓器にいたるまで丁寧に解剖の仕方を私に指導し、豊富な知識で親切に解説してくれた大学院生のおかげだ。

 

 

そして何より人生をおえ、医学の発展のために献体になられたご遺体、またその家族のおかげである。

 

 

 

この場を借りて感謝を述べたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


私はゴルフの休憩中に自販機へジュースを買いに行った。

 

 

その時、壁に貼ってあったゴルフスクールのインストラクター募集のポスターが目についた。

 


私はKに軽い気持ちで勧めてみた。

 

 

私「Kさん、こんなのありますよ。Kさんなら受かりそうですよね。」

 

 

「俺、それ受けるわ」とKは即答した。

 

 

Kは本気だった。この日からKは本当にインストラクターを目指しはじめた。

 


Kは工場でのアルバイト以外の時間はすべてゴルフの練習に注いでいた。

 

 

私はゴルフ場でアルバイトをしていたので、格安でコースをまわることができた。

 


Kの練習のために、私はキャディーとして客とコースをまわった後に、Kと一緒にプレーしてまわっていた。

 


ゴルフ場の従業員や常連客たちは、私のその姿をみて
「あの子は女子プロでも目指してるのか?」と噂していた。

 


中には、色紙をもって私にサインまでもらいにくる強者まで現れた。

 


適当にサインをして握手をしたが、あのサイン色紙はいまごろどうなっているのであろうか。

 

 

Kはみるみる腕を上げた。

 


そして夏が終わりに近づいた頃、Kはテストの日を迎えた。

 


私はアルバイトがあったのでKの応援には行けなかった。

 


けれども、Kは素晴らしいスコアを出していた。

 

 

この頃には、Kの鋭い人を威嚇するような目つきは、夢を追う少年のようなキラキラした目に変わっていた。

 

 

 


ロジャースは以下のように述べている。

 

「全部とはいわなくても、ほとんどの個人に成長への力、自己実現に向かう傾向が存在し、それが治療への唯一の動機となって働くということをこれまで知らなかったし、認めていなかかったのである。」

 

人間は本来、自己実現に向かう傾向を持っているのだ。そしてロジャースはこの自己実現傾向は対人関係の中で解放されると仮定している。

 

治療的人格変化の必要にして十分な条件(Rogers,1957)で、セラピーの中でパーソナリティの変化が生じるためには、以下の諸条件が備わっていることが必要であると書かれている。

 

1. 2人の人が心理的な接触をもっていること


パーソナリティの変化は対人関係のなかで生じるという仮説に立ち、たとえ潜在知覚であっても、二人の人間が互いに相手の経験の場のなかに知覚されていることが必要。

 

2. 第1の人(クライエント)は、不一致の状態にあり、傷つきやすく、不安な状態に あること

 

不安とは、自己構造と個人の全体的経験との間の不一致が意識に象徴化されかかっている状態である

 

3. 第2の人(セラピスト)は、その関係の中で一致しており、統合していること。

 

 

4. セラピストは、クライエントに対して無条件の肯定的配慮を経験していること。

 

 

5. セラピストは、クライエントの内的照合枠を共感的に理解しており、この経験をクライエントに伝えるよう努めていること。

 

6. セラピストの共感的理解と無条件の肯定的配慮が、最低限クライエントに伝わっていること

 

 

そして、これらのうち条件3.~5.の、「自己一致」「無条件の肯定的配慮」「共感的理解」がセラピスト側の3条件として重視されている。

 

 

 

当時の私はこのような説明書は持ち合わせてはいなかった。

 

もし、私がこのような知識があれば、何か違っていただろうか。

 

しかし、私たちの間には言葉も説明書も要らなかったような気もする。

 

私達はたしかにゴルフで繋がっていたのだから。

 

 

 

 

 


Kのテストが終わった次の日、私達は早朝いつものゴルフ練習場に集合した。

 

 

その日は本当に蒸し暑い日で、蝉は最後の力を振り絞り鳴いていた。

 


一時間ほど練習した後にKは上着を脱いだ。

 


いつもはTシャツの下にもアンダーシャツをKは着ていたが、この日はTシャツだけだった。Tシャツから少し刺青が見えていた。

 


おそらく、私の視線がそこへ向いていたのであろう。

 


Hは「みたいか?」と私に尋ねてきた。

 

 

私「みたい!!!」

 


私は遠慮することもなく即答してしまった。

 

私は自分の好奇心を抑えることがどうしてもできないのだ。

 

 

KはTシャツを豪快に脱いでくるりと向きをかえ、大きな広い背中を私に向けた。

 


Kの背中には一面の刺青があった。

 

 


その叙情的な光景は、私の心臓を強く圧縮し、私の全身の血液を一瞬にして沸騰させた。

 


それは、もう美しいのただ一言だった。

 


私は鮮やかな色彩の中に小さく描かれた花に目がとまった。

 

 

その花に見惚れていると、Kは豪快にTシャツを着てしまった。

 

 

私「すっごく綺麗ですね。特にバラが・・・」

 

 

「あぁ。バラじゃねぇよ。これは蓮(はす)の花だ。」

 

 

 


この日、Kは上機嫌で私もKのその様子がとても嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 


早朝練習を終え、私は学校に行ったが何も頭に入ってこなかった。

 


私は今朝みた蓮の花が目に焼き付いて離れなかったのだ。

 

 

 


そして、昼休みに工場で友達になったネイリストの卵に連絡をした。

 


その日の夕方、私は生まれて初めてのフットネイルを体験した。

 

 

友人は私が蓮の花を書いて欲しいと頼むと不思議そうな顔をしていた。

 

 

「蓮の花?そんなの書いたことないわ。」

 

 

友人は携帯電話を取り出し蓮の花を検索しはじめた。

 

 

「へー蓮の花の花言葉は、清らかな心、離れゆく愛だって。なんかいいね」

 

 

 

仏教では泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせるハスの姿が仏の智慧や慈悲の象徴とされているそうだ。

 

 

また、よい行いをした者は死後に極楽浄土に往生し、同じハスの花の上に身を託し生まれ変わるという思想もある。

 

 

これは「一蓮托生」という言葉の語源になっているそうだ。

 

一蓮托生

 

「死後に極楽の同じ蓮華の上に生まれること」

 

「結果はどうなろうと行動や運命をともにすること」

 

 

 

 

本当に繊細でたおやかな彼女の手の動きに私は視線を外すことができなかった。

 


私は動く筆先に全神経を集中させていたため、このときの彼女との会話は一切覚えていない。

 

 

彼女は白を下地に朱色で蓮の花を描き、親指にだけ銀色で蝶を描いた。

 

 

その銀色の蝶は室内のライトの光を反射させながらキラキラ輝き、蓮の花の周りを優雅に舞っていた。

 

 

彼女の繊細な手で描かれた蓮の花と蝶は本当に素晴らしい出来ばえだった。

 

 

その彼女の作品は私に確かな自尊心を湧かせた。

 

 

 

彼女の家をでた頃には外は夜の9時を回っていた。

 


駅までの道のりを歩く私はほとんど躁状態で、私の体にまとわりつく生暖かい夏の夜風は更に私を狂わせた。

 

 

 

 


Kの刺青にもそのような効果があったのだろうか。

 

 

ネイルや刺青は単なる自己満足であろうか。それとも自己顕示欲の現れだろうか。

 


私はKの刺青は美しいとは思ったが自分の体に入れようとは決して思わない。

 

ピアス一つ開けようとは思わない。

 


なぜなら、日本社会では刺青を多くの不利益を被るし、刺青もピアスも病気のリスクがあるからだ。

 

 

刺青を入れた者は、暴力団構成員と認識され、公衆浴場や遊園地、プール、海水浴場、ジム、ゴルフ場などへの入場を断られることがある。

 


また、生命保険会社も暴力団関係者の加入を断っている。

 


それは、保険会社には社会的に健全な方法で保険料を運用するという決まりがあり、刺青を入れている暴力団関係者に支払う事は、健全な支払いとは考えられていないからだ。

 

 

 

Kはいつも長袖を着ていた。

 

激しい痛みに耐えてまで、なぜ刺青を入れたのだろうか。


Kの背中に描かれた刺青はKにどんな影響を与えていたのだろうか。

 

そして、どんな思いで刺青を背負って生きてきたのだろうか。


一生、刺青を背負い、死ぬまでその世界で生きていく覚悟だったのだろうか。

 

私にはKの心を推測することも理解することもできない。

 

 

 


それができるほど私達は長い時間を共に過ごすことはできなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約一週間後、Kから電話がかかってきた。

 

 


Kはいつもと変わらない声で「インストラクターの試験落ちたわ。」と私にいった。

 

 


Kは合格ラインのスコアはクリアしていたし、ライバルたちの中でも一番良いスコアを出していたはずだ。

 


私は理由が分からず、なんと声をかけたらいいのか戸惑った。

 

 

 

 

「わしの情報が流れとるかもしれん。ヤバイから飛ぶわ。ほんとありがとな。」

 

 

私「え!!!すぐに!?」

 

 

「荷物片付けたらな。一緒にいくか?」

 

 

私「え!!なんで?」

 

 

 

 


Kは、電話越しにハハッと笑っていた。

 


やはり、私はKの笑い方がなんとなく心地よいのだ。

 


そして練習場にKが現れることは二度となかった。

 

 

私は1人で早朝練習をする日常に戻った。

 

 

早朝練習の帰り、私は練習場のスタッフにKがなぜテストに落ちたのか尋ねた。

 

 

スタッフは「まぁ、困るよね。そういう筋の人は。」とだけ言って退散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

この数日後、私は本を返却するためHと会っていた。


Hは「さまよう刃」を私から受け取りながら、私にこういった。

 

「そういえば、Kさん仕事こなくなったんだよ。辞めてくれてみんな安心してるよ。
どうして、あんな人間を会社は受け入れるんだろうね。
犯罪者には一生、罪を背負わせるべきだよ。
自分は犯罪犯しながら、のうのうとゴルフするなんて許されないよ。」

 

私はHの言葉に違和感を覚えた。


私とKは工場で会話することはなかったし、Hにゴルフの話をしたことは一度もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Kが過去に行ってきた反社会的行動は確かに悪いことだ。

 


けれども、Kの人間としての価値がなくなるということは決してないはずだ。

 


なぜ、みんなKの希望を平然と奪っていくのだろうか。

 

 

やはり、この世界は奪うか奪われるか、勝つか負けるかの世界かもしれない。

 

 

でも、もしそのような世界なら、勝負は死ぬまでわからないはずだ。

 

 

私はKが敗者復活戦でこの世界に、この社会に戻ってくることを強く望む。

 


試合にでるか、でないかはK次第なのだ。

 

 

「われわれは、ときには周囲の人から受け入れてもらえない社会で生きている。
だから、【生きているから】という理由だけで、何の条件もつけずに自分を受け入れられるようになることが重要である。」とエリスは述べている。

 

 

今の社会はルール無用で、敵だらけで、悪意も善意も分からなくなってきている。

 


それでも、私はKにはゲームのルールを守って欲しいのだ。

 


そのルールの中で戦わなければ、負の連鎖は止まらない。

 


もしKが人生の試合に戻ってくるのなら、今度は必ず応援に行くだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は二ヶ月ぶりにゲイバーに訪れていた。

 


友人(以前登場したゲイの友人)は少し会わないうちに変身を遂げた私に驚愕していた。


髪は黒髪になり、服の系統が落ち着いたにも関わらず、派手なフットネイルをしていたからだ。

 


今回起きた出来事を私は友人に話した。

 

 

友人は私の話を聴きながら、カウンターに縄を広げて亀甲縛りの練習をしていた。

 

一体どこでその練習の成果を発揮するのか謎である。

 

 

 

 

 

私「ねぇ、なんかスッキリしないと思わない?○○ちゃん(友人のあだ名)はHさんとKさんとどっちが悪いと思う?それともKさんを不合格にした人?」

 

 

ゲイの友人はこう言った。

 

「そりゃ、〇〇ちゃん(私のあだ名)だよ!」

 

 

 

私はこの予想外の友人の答えに驚いた。

 


私は何も悪いことをしたつもりはないし、彼らの物語のただの傍観者だ。

 

 

 

「もし僕なら、Kについて行くかなぁ。ほんでそのHの足を思いっきり蹴り飛ばすね。○○ちゃんは、なんとも思わないわけ?」

 

 

なんとも答えようがなかった。

 

 

私はどこかで聞いたこんな言葉を思い出していた。


一番悪い人間は罪悪感なく悪いことを行う人間だという言葉を。

 

Hはしばしば私を偽善者呼ばわりしていたが、あれは正しかったのだろうか。

 

 

 

私は自分の足の指に描かれた蓮の花を見ながら、なんと返事をしようか考えていた。

 

 

 

「○○ちゃんはやっぱりエグい人間だよねーどうせ、だれも愛せやしないのにね(笑)
そのネイルもなんだか不気味なんだけど。でも僕は○○ちゃんのそういう面白い所が好きだよ。(笑)」

 


と友人は意地悪そうに笑っていた。

 

愛せない??そんな馬鹿な。

 

 

「私は愛に溢れた人間だよ。私は〇〇ちゃん(ゲイの友人)に骨髄も血もあげれるよ。もし私が死んだら全部あげてもいいよ。」

 

そして私はドナーカードを財布から取り出してみせた。

 

 

「エグいって!!!ほんとにエグいからほんとやめて!!」

っと言いながら友人は腹を抱えて大笑いしていた。

 

 

 

けれども友人はカウンターに広げていた縄を鞄に閉まい、私の小皿から私のピーナッツを摘んで食べた。

 

そして新しいシャンパンを開けて、私達は乾杯した。

 

 

 

この友人は私を笑っていたが、次に会った時に友人はドナーカードを持っていた。

 

 

私にそのカードをみせながら

 

「僕たちの友情は鬼アツだよね」と笑っていた。

 

 

まだ、そのカードを持っているだろうか?私は今も肌身離さずに持っている。

 

 

 

 

 

 

私は悪い人間だろうか?

 

 

 

 

 

たしかに、私は平和な世界など望んでいないかもしれない。

 


私はきっと平凡な退屈な毎日に耐えることができない。

 

 

私の心臓を高鳴らせたKの背中に描かれていた絵のような、運命的で叙情的で冒険的な世界を望んでいるのだ。

 

 

Kが背負っている罪やKが生きてきたアンダーグラウンドな世界はきっと美しい世界ではないだろう。

 

 

私はそのような世界に足を踏み入れることは決して出来ない。

 

 

けれども、そんなKの背中に描かれた蓮の花は息を飲むほどの美しさだった。

 

 

いや、あれはKの背中にあったからこそ美しかったのだろう。

 


まさにそれは泥水の中から生じた清浄な美しい花なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この出来事は、たったひと夏の間に起こった出来事だ。

 


私は幼い頃から夏が近づくにつれなぜか軽い躁状態へ陥いる。

 


特に夏の夜風は、私の心臓を鷲掴みにして、私の脳を狂わせるのだ。

 

 

私は今回の出来事の加害者ではないし、謝罪会見を開くつもりもない。

 


だって私は夏の夜風の被害者なのだから。

 

 


私は自分の狂気を悪事をすべて夏の夜風のせいにして、被害者づらをして善人ぶって今日も生きている。

 

 

 

 

だって、こうやって人間は生きていくんでしょ?

 

 

 

あなたが私をどう思うかは、あなたに任せることにしよう。

 

 

 

それはもうあなた次第だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


If I die,

 

Please use my body for the development of medicine or for people in need!


But,Please keep my strange brain without using.


If it were possible,

 

I want you to research my crazy mind.


If you do so, I'm really really happy.

 

 

 

 

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