思想と行為が弾劾し合い心が宙に彷徨ったブログ

私の生きた軌跡をここへ残しておきます

私のママ活

 

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ゴルフ場の芝は冬にむけて色が変わり、
悲愴感が漂っていた。


肌にまとわりついていた夏風も
すきとおってしまいそうな秋風に
変わりかけていた。

 

そんな10月の日曜日だった。

 

私とママはゴルフ場で出会った。

 

その日、私がキャディーとして付いた客は
50代男性3人に女性が1人のメンバーだった。

 

ゴルフ場ではこういった組み合わせは
珍しくはない。

 

こういった組み合わせの場合、
女性は夜の仕事のママであることが多かった。

 

こういったメンバーに付くと
キャディーの仕事は比較的楽だ。


水商売のママはコースを知りつくしているし、
キャディーより周囲に気が回る。


男性もママを連れていると
男性同士でラウンドする時より
紳士的に振る舞う傾向が強い。

 

この日、彼女はキャディーが
行うべき仕事をこなしてくれただけでなく、
コースの特徴やキャディーの心得まで丁寧に、
時には厳しく私に指導してくれた。

 

彼女の見た目は30代後半といった所だ。


小顔に大きな猫目。


ゴルフ焼けした肌には
ショートカットが良く似合っていた。


小柄で華奢な骨格に
程よく筋肉がついた体は
大人の女の色気を漂わせていた。


特に私は彼女の声が好きだった。

 

彼女はハスキーボイスで
とても落ち着いた品のある話し方をしていた。


それは私の耳に
とても心地が良いものだった。

 

ラウンドが終わった後、
彼女は私に一枚の名刺を差し出した。

 

それはスナックの名刺だった。

 

そこには手書きで電話番号が書かれていた。

 

「困ったことがあったら いつでも電話しておいで」

そういって彼女はゴルフ場をあとにした。

 

 


私は特に困ったことは無かったが、
彼女にまた会いたくなった。

 


名刺を貰って数日後、
名刺に書かれていたお店を訪ねていった。

 


街は夜色に包まれて、
闇の底に様々な店の看板の灯りが
点々と煌めいていた。

 


夜の街は
青や赤やピンクが星のように散りばめら、
その中を華やか装いの蝶が飛んでいた。

 


私は幻想的な世界に足を踏み入れた。

 

彼女のお店は幻想的な
クラシカルな雰囲気が漂っていた。

 

薄暗い店内は金や銀のシャンデリアで白く光り、
カウンターの隅には百合の花が飾られていた。


カウンターを挟み、
華やかな若い蝶たちと男性たちが
楽しげに話をしていた。


彼女はカウンターの1番奥にいた。

 

彼女は私をみて

 

「本当にきたのね」


と少し驚いていたが、快く歓迎してくれた。

 

彼女はブランデーの水割りと
チョコレートを私に出してくれた。

 

ブランデーは「ヘネシー」のXOだ。

 

私はブランデーを好んで飲むことは無かったが
これは一口飲んで気に入ってしまった。

 

XO特有のフルーティな甘い香りと
舌に絡みつく滑らかな舌触りが最高だった。

 

XOとチョコレートとの相性が抜群だ。

 

彼女はヘネシー
私のためにボトルキープしてくれた。


葡萄の模様があしらわれた、
くびれた美しいデザインのボトルには
私の名前が書かれたタグがつけられた。

 

私はそれを見て彼女のお店の常連客になったような
心地よい気分になった。

 


カウンターの後ろにはタグが掛かったボトル達が
上品に自己主張して並んでいた。

 


彼女の店は品のいい男性たちが次々訪れ、
良い空気を作りだしていた。

 


それは彼女の人柄が店の雰囲気に
そして客層に現れていたのだろう。

 

 

 

 

帰り際に
私が彼女に飲み代を支払おうとすると


「お金はいらないよ。
ツケにしとくからさ。出世払いしてちょーだい。」

と笑っていた。


そして店が忙しいにもかかわらず、
外まで見送りに出て来てくれたのだ。

 


更にお土産には
赤いリボンのついたマスクメロンを持たせてくれた。

 

「正直に言うと、
あなたを店にスカウトしたくて名刺を渡したのだけど。
どうかしら?」

 


私はその言葉が嬉しかったのだが、

残念ながら断るしかなかったのだ。

 

 

この時、
アルバイトを複数掛け持ちしていたため、
スナックで働くなど到底無理な話だった。

 

それに私は店のカウンターの中より
外で座って酒を飲むのが好きなのだ。

 

 

彼女は残念そうだったが

 

「またいつでもおいで。ボトルキープしてるんだから」
と笑ってくれた。

 


私は彼女の言葉をありがたく受け取り、
よくスナックへ遊びにいった。

 

 

当時、ゲイバーでの乱痴気騒ぎも楽しかったのだが、
スナックのカウンターの隅に座り、 壁に体を預けて、
ブランデーを飲むしっとりした時間も好きだった。

 

 

私は彼女のことは「ママ」と呼んでいたのだが、
ママは本当にママであった。

 

ママには1人息子がいたのだ。

 

正確な年は忘れたが15〜17才のどれかだろう。

 

進学していれば高校生ぐらいの年頃であろう。

 

ママの実際の年齢も不明だ。

 

ママはよくこう言っていた。

 

「人様の年齢を安易に聞いてはダメよ。
聞いても年は忘れたらいい。
でも誕生日は一度聞いたら絶対に忘れたらいけないよ。」

 


ママは実の母親以上に沢山のことを私に教えてくれた。

 

 

 

 


ママはスナックのママになる前は
都会でキャバ嬢として働いていた経歴を持っていた。

 

ママは私に接客の心得を教えてくれた。

 

キャディーの仕事も究極の接客業だ。

 

そのためママのアドバイス
実にありがたいものだった。

 


ママのスナックに通いだして
私の仕事の出来は格段に向上したのだ。

 

 


ママ曰く、
接客で1番大切なのは「客」に
自分のファンになってもらうということだ。

 

夜の街でよく使われるテクニックは色恋営業だろうが
これは絶対にしてはいけない。

 

色恋営業は相手を傷つける行為であり、
自分の身にも危険が伴う。

 

だからこそ夜の店には強い後ろ盾がいるのだ。

 

 


愛はいつでも憎しみに変わり、
終いには人を狂わせる。

 


色恋には危険な落とし穴がつきものだ。

 

きっと、落とし穴に落ちた事にも
あなたは気づかないだろう。


気づいた時にはもう手遅れだ。

 

私は人々の欲望の渦巻く夜の街で
私は沢山の人に出会った。

 

 

色恋営業の末に客にストーカーされ引っ越した女。

 

店の女に手を出し、
取巻きの男達に拉致され暴行された挙句に
多額の金を請求された男。

 

 

出会い系サイトで若い女のフリをして
男を誘い出す男。

 

 

パパ活と称し、
男と行為に及びそれをネタに男をゆする女。

 

 

街で女をナンパし性行為に及んだあげく、
山に女を捨てる男。

 

 

街で出会った男と性行為に及び、
妊娠したと嘘をつき金をゆする女。

 

 

他の男との子供をあなたの子供だと騙して

結婚した女。

 

 

HIVに感染していながら、
出会い系サイトで知り合った男と
性行為に及ぶ男。

 

 

 

 


文体だけでみると「危ない人物像」が
思い浮かぶかも知れないが、
皆んなゲイバーやスナックで
知り合いになった私の飲み友達だ。

 

 

どの人も友人として付き合えば、
あなたの友人と対した差はないだろう。

 

 

この危うい騙しあいの世界で、
あなたは彼らの危険を察知できるだろうか。

 

 

いつミイラ取りがミイラになっても
不思議ではない世界なのだ。

 


このような危険を避けるためにも
適切な人間関係の構築が必要だ。

 

 

相手の愛のさじ加減を適切に見極めて、
真摯に接客しなければならない。

 

 

相手に金銭的な無理をさせたり、
愛の天秤のバランスが崩れた時には
2人の関係は破滅に向かうだろう。

 

 

自分のファンになってもらうためには
最初の「会話」が重要だ。

 

 

初対面でいかに相手の心掴めるかが勝負の別れ道だ。

 

 

キャディーの仕事も
初対面で相手の心を掴めなければそこで終わりだ。

 

 

そのために、
どんな小さな事も聞き逃してはいけないし、
見逃してはいけない。

 

 

相手が一度話したことを、
また質問するようなことは避けなければならない。
(相手が何度も聞いて欲しい話題は何度も繰り返しても良いが)

 


大きなことではなく、
些細なことを覚えておくということが大事なのだ。

 

 

そして相手が
どんな物を好んで身につけているのかも重要だ。

 

 

そこから共通点が見つかるし、
相手が再来すれば、
相手の好みに合わせることも可能だ。

 


そうなれば後は自然と距離が近付いていくだろう。

 

 

他の人が聞き逃したり、
見逃してしまうような些細な事を覚えておくことは、


「私はあなたと真剣に話している」


「私はあなたのことを真剣に見ている」


という誠意の現れだ。

 

 

 

 

王道のボディタッチもやはり効果的だ。

 

触り方にもテクニックがあって、
叩くときは触れるか触れないか程度の圧力で。

 

撫でるときは毎秒5㎝の速度が最適だ。

 

触る手は常に綺麗にしておく必要があるが、
派手にネイルをする必要はない。

 

 

ママ曰く、「生活感のない綺麗な手が色っぽい」そうだ。

 

神は細部に宿るのだ。

 

 

 


「客」は高いお金を払って来店し、
高いお金を払ってお酒を飲むのだから
そこにいる女は魅力的な女である必要がある。

 

男性たちは魅力的な女性と話して、
美味しいお酒を飲み、
楽しい時間を過ごしたいのだ。

 

 

自分が客なら
どんな人と楽しい時間を過ごしたいか。

 

それに近づく努力をする必要がある。

 

それがプロだ。

 

 

外見的な美しさを磨く必要は勿論あるが、
人を引き付ける内面の魅力は
簡単に醸し出すことは出来ない
とママは言っていた。

 

 

人の内面の魅力はその人の日頃の思考や
毎日の過ごし方から作られるものだ。

 

 

そして、どんな人と日々を過ごすかが大切だと教えてくれた。

 

ママは美意識が高く、
夜8時以降は一切固形物を口にしなかった。

 

そして、休みの日にはジムやヨガに通い、
スタイルの維持を心掛けていた。

 

更に、ママは外見磨きだけでなく、
毎朝、新聞を隅から隅まで読んでいた。

 

ママはどんな話にも対応できていたし、
どんな人とでも本当に会話を楽しんでいた。

 

相手に対して真摯に接していれば、相手に興味がわくし

相手に関心があれば、自然と会話は楽しいものになると

ママは教えてくれた。

 


ママは自分の仕事に高い志を持ち、
毎日努力を積んでいたのだ。

 

 

 


最近、夜の街以外でも素人による
「ママ活」や「パパ活などの行為をよく目にする。

 

私は自分の価値観を人に押し付ける気はないが、
少し心配なのだ。

 

お互いが同じ強さと同じ量の愛で、
そのような行為を行っている分には問題はないだろう。

 

ただ、相手の自分への愛を
利用するべきではないと私は思うのだ。

 

愛の罠を仕掛けて甘い言葉を囁き、
相手の愛を己の利己心や野心のために利用しているのなら、
それは詐欺行為だ。

 

 

このような行為について

 

「お金を貰って、相手を癒してあげてるからウィンウィンだ」

という意見も目にするが、本当にそうだろうか。

 

 

ママのような
高い志やプロ意識が彼らにあるのだろうか。

 

お金を払うに値するような
魅力的な人間になる努力をしているのだろうか。

 

「他人に癒しや楽しい時間を与え、その対価としてお金を貰う」

という仕事は、片手間で遊び感覚で行えるのだろうか。

 

 

「人からお金を恵んでもらおう、自分の生活の面倒をみてもらおう」

という甘い考えの人間に人を癒すほどの器があるのだろうか。

 

 

更に私の意見を言わしてもらうと


「相手を自分が癒してあげている」
などといった自分を人より上の立場において考えるのは、
相手に失礼ではないだろうか。

 

「相手は満足しているし喜んでいるからいいだろう」

 

本当にそうだろうか。

 

2人の関係は良いものだろうか。

 

それは傷の舐め合いになっていないだろうか。

 

何が良くて何が悪いのかは、
自分の答えも今だに分からない。

 

ただ、仕事が良かったのか悪かったのかは
別れの場面で答えがでるのではないだろうか。

 

その時、相手の愛が憎しみに変わったとしたら
それは、粗末な仕事の結果ではないだろうか。

 

 

2人の関係が終わりを迎えた時でも、
相手が感謝の言葉を述べたとしたら
その仕事は正解だったのだろう。

 

 

もし、そうであったなら
私はあなたの仕事をプロの仕事だと認めるし、
あなたを尊敬するだろう。

 

 

相手があなたに与える愛が、
何も見返りを求めない無償の愛であったなら、
そこからくる行動やモノは素直に受け取って良いだろう。

 

 

あなたが、同じ気持ちなら遠慮は無用だ。

 

 

私は、相手の愛からくる行為やモノを受け取った時
自然に感謝の気持ちが湧き上がってくる。

 

けれども、そのような気持ちではなく

 

「相手が自分にそれを与えて喜んでいるのだろう」

といったように、

相手の上に立った気持ちが湧き出る時、
私はそれを受け取らないことにしている。

 

 

それは、お互いのためであるし、
人々と誠実な平等な関係を
築いていくためのマナーだと思っている。

 

夜の世界では、ついている客を見れば
その人の人間性がわかると言われているそうだ。

 

 

適当な接客をする人間には適当な客がつく。

 

ママは男を見るとき、
その周りの人間も注意してみるように私に言っていた。

 

いくら外見を良く見せて着飾っても、
周りの人間まで良くみせることはできないからだ。


似ているもの同士が惹かれ合う、
引き寄せの法則なのだ。

 

 

 

 

 

 


当時の私は明け方まで飲み明かし、
公園で朝日を拝みながら始発を待つのが好きだった。

 

この日もそのつもりでスナックでブランデーを飲んでいた。

 

するとママは私にこう言ってくれた。


「公園で始発を待つなんて女の子のすることじゃないわよ。
私の家、店のすぐ近くだから泊まっていきなさいよ。」

 

 

私は遠慮がない人間なので、
お言葉に甘えてママの家に泊ることにした。


ママは店じまいがあったので、
私はママから家の鍵を受け取り先に店を出た。

 

洋風の平屋の家につくと窓から灯りが漏れていた。


私はインターフォンを鳴らした。


すると細身の背の高い男の子がドアを開けてくれた。

 

ママから聞いて年齢よりも大分私には大人びてみえた。

 

目が隠れるほどの
長い前髪を斜めに流していたせいであろうか。

 

漆黒の髪からは、現実離れした雰囲気が漂っていた。

 

男の子は、私を見た瞬間に驚いたような表情を浮かべた。

 

「母さんから聞いてるよ。どうぞ」

と男の子は私を家の中に招き入れた。

 

リビングの真ん中にあった花柄のソファに私は座った。

 

彼はママに似ていなかった。

 

色白いシミ一つない皮膚に、
目鼻立ちの整った美しいパーツは
デパートにあるマネキンを思い出させた。

 

私は、このマネキンをどこかで見た気がしたのだ。

 

そこで、私は彼に尋ねてみた。

 

「なんかT君と初めてあった気がしないんだけど。
私達、どこかで会ったことがあるかな」


それを聞いて、
彼は口元に人差し指をあてクスッと上品に笑った。

 


「お待たせしました♪
コーヒーのMサイズ、シロップ一つ入れてますね♪」

 

 

私はこのセリフを聞いて全身に震えが走った。

 

彼は私の行きつけのコンビニの店員だったのだ。

 

私はこのような偶然の一致に
何か不思議な力を感じずにはいられないのだ。

 

このミラクルは彼に対して親しみと愛を私に湧き上がらせた。

 


「俺も驚いたよ。
実はいつかのアドレス渡そうと思ってたんだ。
マジでだよ。」

 

 

そういって彼は財布から小さなメモ用紙を取り出した。

 

そのメモにはミミズがはったような字でメールアドレスが書かれていた。

 

その下には小さく
「よかったら連絡ください T」
と書かれていた。

 

私は歓喜の声をあげた。

 

丁度そのタイミングでママが帰宅した。

 

私達は興奮気味に
私達の偶然の出逢いについてママに話をした。

 

ママは
「あんた、私の店の客に手を出すんじゃないよ!」
と笑っていた。

 

 

笑い声が3つ重なり、
私たちは陽気に夜を明かしたのだ。

 


ママは私が夜遅くまで飲み歩くことを
いつも心配していた。

 

私はそんなママの心配など気にも止めず、
しばしば飲み歩き終電を逃す馬鹿な人間だった。

 

そんな私をママは何度も泊めてくれたのだ。

 

その度に私たち3人は楽しい夜を過ごした。

 

 

 

 

 


3人で過ごしている時、
Tとママの関係は良好にみえた。

 

けれども、
親子2人きりの時は喧嘩することも多々あったようだ。

 

ママは私と2人の時には、
Tについての愚痴をよくこぼしていた。

 

酔った時、ママは伏し目がちになり、
眉間に皺をよせてこう言うのだ。

 

「もちろんTは可愛いよ。

 

でも全然、私の言う事なんて聞いてくれなくてね。

 

Tが反抗してきた時とか、ダメなんだよ。

 

Tとあいつが被って見えてね。

 

本当に嫌になるときがある。

 

たまに考えるんだ。

 

もし、あの時、妊娠して無かったら
もっと違った人生があったのかなって。

 

私はダメな母親だよ。

 

そんな考えが浮かぶ時、無性に死にたくなるよ。」

 

 

 

 

 

Tはママがキャバ嬢だった時に
付き合っていたホストとの間にできた子供だ。

 

ママは当時ナンバーワンホストであったTの父親に惚れ込み、
多額の金をつぎこんだ。

 

そのホストは色恋営業を平気でする男性だと
ママは知っていたが、
自分に対する愛だけは本物だと信じていた。

 


ママはいつか来るであろう、
2人の明るい未来を期待していたのだ。

 

 

「私は本当に馬鹿な女だったよ。
冷静になってみれば、
あいつの私への優しさは
自分のためでしかなかったのにね。」

 

Tの父親はママが妊娠し、
金が稼げなくなるとあっさりママを捨てた。

 

夜の蝶として飛べなくなったママは生まれ育った故郷に戻り、
自身の母親の助けを借りながら、
Tを育ててきたのだ。

 


私はなんと答えるべきなのか分からなかった。


けれども、私はママの話をもっと聞きたくなり、
両腕をカウンターに乗せ、
体をカウンター越しにママに近づけていた。

 

 

 

 

私たちは母性の明るい面はよく知っているし、
子供にとって母親からの愛や養育は
なくてはならない物である事もよく知っている。

 


子供も母親の愛を求めているし、
当然のように自分に与えられることを望むだろう。

 


けれども、母の愛は加減が難しいものだ。

 


子供に与える愛が少なすぎたり、
適切な養育を放棄したりすれば、
それはネグレクトだ。

 

また、母が子供を抱え込み、
母から離れることを許さないような愛も問題だろう。

 


今、日本は価値観の多様化に伴い
親子関係も多く変化している。

 

私たちは母性の明るい面だけでなく、
暗い側面も意識し認識していかなければならない。

 


女性の社会進出に伴い、
結婚して母に妻になりながら社会人としての一面を持ち、
1人で何役もこなすことも少なくない。

 

 

男女問わず、
キャリアを保持しなくては
社会で生きていない面も多くなってきている。

 

 

それにも関わらず、
社会ではまだまだ男性優位の習わしも根強く残っている。

 

女性というだけで規制がかかる面も少なくないだろう。

 

それも踏まえた上で、
平成も終わりを迎えようとしている今、
私達は母と子の関係を考え直す必要があるのではないだろうか。

 


子供を産んだら女性は母親になれるわけではない。

 

 


けれども私は知っていた。

 

 

ママが何か物事を考える時、
必ず1番に息子の事を考えていたことを。

 

ママが自分の事だけを考えて行動した姿を
私は一度も見たことがないのだ。

 

親なら当たり前だと思う人もいるかもしれないが、
それは簡単にできることではないと
私は思う。

 

 


ママは私に隠すことなく母親の
「明るい面」も「暗い面」も見せてくれた。

 

 

それは私にとって本当に有難いことだった。

 

 

子供は周りの大人の背中をみて、
それを真似て成長していくものだ。

 

 

私は大人が子供に対して、
自分の正しい姿をみせるだけが
良い教育ではないと考えている。

 

なぜなら、

世間に「立派な大人」など存在しないかもしれないからだ。

 

 

社会は立派な大人のフリをした
偽りの大人だらけの世界ではないだろうか。

 

 

私は社会に出てそれを身を持って痛感している。

 

 

だからこそ、大人は子供に対して、
自分の明るい面も暗い側面も
偽りなくみせてやるべきだと私は思う。

 

 

この醜い世界で、
大人が自分や他人を偽りながら苦しみもがく姿を。

 

それでもなお自分が強く生きている姿を。

 

 

それが何よりの子供に対する教育だと私は思う。

 

 

 

 

 

 

ママはスナックのママであり、
息子のママであり、
好きな人がいる女だった。

 


ママの好きな人は月に一度、
遠方からママの店を訪ねて来ていた。

 

 

2人は高校の同級生で、
その男性はママの初恋の人だ。

 

 

 

 

 

 

あれは、肌寒い雨の日だった。

 

時刻は夜の11時を回っていた。

 

この日も私はゲイバーで飲みすぎていた。

 

 

電車に乗って家まで帰るのが億劫だったので、
私はママに泊めてもらうために店を訪ねた。

 

 

店にはcloseの札が掛かっていたのだが、
灯りが洩れていたのでドアを開けた。

 

 

すると、
いつも私が座るカウンターの1番奥の席に
見知らぬ男性が座っていた。

 


私はママの顔を見て、
その男性がママの好きな人だと直ぐに気がついた。

 

 

 

2人きりのカウンターには、
黄金色のブランデーが入ったグラスが2つ並んでいた。

 

私は2人の時間を邪魔してはいけないと瞬時に思った。

 

そこで私はママに軽く頭を下げて
「また日を改める」いう意味をこめて右手をあげた。

 

そして体の向きをドアに向け、店の扉に左手をかけた。

 


するとママは

 

「こっちへおいで。一緒に飲もう。いいでいしょ?」
と男性に視線を向けた。

 

男性は低い落ち着いた声で

 

「もちろん。ここに座りな」


と自分の隣席の回転椅子を回して私の方へ向けてくれた。

 


私はいつのまにか酔いが冷めていた。

 

そのため、
少し緊張しながら男性の隣の席に座ったのだ。

 


けれども、
ママの作ってくれたブランデーと
2人の間に漂う甘い空気に
私はすぐにまた酔い始めた。

 


男性は優しい目をしていた。

 

笑った時の目尻の皺が魅力的で私は心地良く酔っていた。

 

そして男性の大人の香りは更に私を高揚させた。

 

その男性はタバコと香水の入り混じった
何とも言えない大人の深い香りがしたのだ。

 

私はその男性をテレビの中で見たことがあった。

 

ママの好きな人は俳優だったのだ。

 

 

 

この夜、ママは「氷雨/佳山明生」をカラオケで歌っていた。

 

雨の音とママのハスキーな色っぽい声に私はさらに酔わされた。

 

 

 


飲ませてください もう少し
今夜は帰らない 帰りたくない
誰が待つと言うの あの部屋で
そうよ 誰もいないわ 今では
歌わないでください その歌は
別れたあの人を思い出すから
飲めばやけに 涙もろくなる
こんなあたし許して下さい

 

外は冬の雨まだやまぬ
この胸を濡らすように
傘がないわけじゃないけれど
帰りたくない
もっと酔う程に飲んで
あの人を忘れたいから

 

私を捨てた あの人を
今更悔やんでも仕方ないけど
未練ごころ消せぬ こんな夜
女ひとり飲む酒 侘しい

 

酔ってなんかいないわ 泣いていない
タバコの煙り 目にしみただけなの
私酔えば 家に帰ります
あなたそんな心配しないで

 

 

 

 

 

 

私は自分のグラスについた水滴を
指で拭いながらママの歌声を聴いていた。

 

そのグラスの水滴が私には、
ママの涙に見えたのだ。

 


接客の際、ママはグラスについた水滴を

拭き取る時にはハンカチを使っていた。

 


それは誰かの涙をハンカチで拭き取るような
絶妙のタイミングで。

 

ママのその手つきは
優しく嫌味のないものだった。

 


私は未だにハンカチを使う自信がないし、
死ぬまで使える自信がないのだ。

 

 

 

 


空のグラスが2つ並んだ時、
男性は電話でタクシーを呼び店の外に出た。

 


今朝から降り続いていた雨はすっかり止んでいた。

 


私は2人から少し距離をとり2人を見ていた。

 


タクシーに乗る男性と見送るママを見てると
映画のラストシーンを観ている気分になった。

 


タクシーに乗り込んだ男性は扉を閉め、窓を開けた。

 

 

「また来るよ。

困ったことがあったらすぐに連絡しろよ。」

 

 

男性は雨上がりの湿った闇夜に響く優しい声で言った。

 

 

 

その言葉はママがゴルフ場で
別れ際に私にかけてくれた言葉と同じだ。

 

 


ママの中に密かにこの男性がいるのだ。

 

 


ママはこの男性で、この男性はママなのだ。

 

 


なんと素敵な2人なのだろうか。

 

 

 

 

 

これは深い愛だ。

 


この2人のような人間に私はなりたいと強く思った。

 

雨の日に傘を差し出せるような人間にだ。

 


男女の仲に限らず、
人は晴れの日に傘を貸し、
雨の日に傘を取り上げてしまう。

 


本当は雨の日にこそ傘を貸すべきなのだ。

 


それが出来るようになるために
私は大きな傘をもたなければならない。

 


つまり寛大な広い心を持つのだ。

 

もしくはもう一本傘を持つかだ。

 

自分の傘を人に与えてしまっては自分が濡れてしまう。

 

 

それは相手に無用な気使いを生み出してしまうし、
自分が風邪をひいてしまっては本末転倒だ。

 

 

私は今でもテレビでこの男性をみると
この夜のことを鮮明に思い出す。

 


目を閉じれば、瞼にあの夜の光景が、
耳には2人の話し声が、
鼻には男性の大人の香りが、
口にはブランデーの味が、
そして全身の肌で2人の間に漂っていた甘い空気を感じるのだ。

 

 

 

今でもママは店でこの男性を待っているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 


世間では毎日のように
誰かの不倫や浮気が騒がれている。

 

私はそのような事を
大袈裟に取り上げるメディアをみると
嫌な気持ちになるし、
人の恋路について、とやかく言う人たちも嫌だ。

 


私達は完全なる外野だ。

 


人の恋路を「不倫」や「浮気」という言葉で
簡単に批評する権利はないし、
外野に当事者たちの何が分かるというのだろうか。

 

不貞行為は法律でも罰せられるが、
私は「浮気」や「不倫」という概念自体を
持ち合わせていない。

 

他人の気持ちや行動を、
他人である私が縛るのは違う気がするのだ。

 


私は私、あたなはあなただ。

 

 

 


私はあなたが何処で
誰と何をしようが一向に構いはしない。

 

私とあなたが二人でいる時、
私を見てくれればそれでいいのだ。

 

その結果、
あなたが他の誰かを選び、
結ばれたとしたらそれまでだ。

 

その後も茶飲み友達にでもなれたら
嬉しいことではあるのだが。

 

 

 


ただ一つ、
私の願いを言わせてもらえるのなら、
あなたが誰かに与える愛が
利己的な愛や嘘の愛でないことを願う。

 

もし、あなたが誰かの好意を利用して
私利私欲を満たしているとしたら
私の心には、それが少しこたえるのだ。

 

 

もしそうであっても、
あなたに対する愛が変わることは無いが、
その行為自体を好きになることは
私にはできないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


男性を見送り、
私たちはママの家に向かって歩き出した。

 

 

夜の街は、
店の看板の灯りに照らされ
深い水色や妖しげなピンクで彩られていた。

 


冬の夜は長い。

 


私とママは肩が引っ付くほどの距離で
ポケットに手を入れて並んで歩いていた。

 


私の頬を撫でる冷たい風と
ママの肩から伝わる体温がくすぐったかった。

 

 

 

私「あー!!2人を見てたら、恋したくなってきたな。

どうやったら、いい感じの関係を続けれるかな?

男と女でいい関係続けるのって難しくない?」

 

 

「そうだね。男と女は本当に難しいよ。

私達も今は落ちついてるけど、
昔は喧嘩が絶えなかったね。

私があの人の奥さんに
嫉妬狂いになった時期もあったしさ。

家の前まで押しかけたこともあるんだよ。笑」

 

 

私「えーーーー!!ママが!?全然、想像がつかない。」

 

 


「私も若かったしね。

でも、ある日吹っ切れた時があってさ。

色んなことに疲れたんだろうね。

飲み友達の今の方が楽だし楽しいよ。」

 

 


私「そっか。飲み友達か。なんかいいね。」

 

 


「あんたは早く男を作りな。

その年でゲイバーで遊んでるあんたの将来が心配だよ。」

 

 

 

私「たしかにー!私も自分が心配だな♡」

 

 

 

「うちの息子なんてどう?

背も高いし、顔も悪くないだろ?

まぁ、幸せにしてくれる確率はかなり低いと思うけどね。笑」

 

 

 

私「あーT君か。

悪くないけど、未成年に手出したら捕まっちゃうな♡

でも、もし結婚したら、ママは本当に私のママになるね!!」

 

 

 

 

 

 

ママは私の肩を
触れるか触れないかの強さで優しく叩いた。

 

 

冬の冷たい夜に2人の笑い声が重なり響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はママのような人間をと呼び、
ママが私に与えてくれた愛を
母性愛と呼ぶことにする。

 


ママは私に何一つ惜しむことなく、
沢山のモノを与えてくれた。

 

 

そして私の全てを受け入れ、
どんな私でも愛してくれたのだ。

 

 

照れ臭くてママには
伝えることができなかったけれど、
私はママのことを
本当に本当に母親のように思っていたのだ。

 

 

私はママのような
暖かく深い愛を持ったママに
なりたいと今でも本気で思っている。

 


いや、ならなければいけないのだ。

 

 

 


それが私から飲み代を
1円たりとも受け取らなかった
ママへの借金返済なのだ。

 

 

 

 


私の若い頃のママ活
人生の肥やしになったことは言うまでもないだろう。

 

 

 


これが私のママ活だな丸

 


つづく